去る2月9日に、日本裁判官ネットワークが主催するシンポジウム「地域司法とIT裁判所」に参加させていただきました。
このシンポジウムは、地方における司法へのアクセスのし難さがあることと、裁判所へのIT手続がなかなか進まないことという二つの問題点を関連させて取り扱ったものです。司法の使い勝手をITを具体的にどのように活用すれば司法アクセス改善につながるか、具体的な提言がなされました。
シンポジウムの内容は、こちらの方に当日のツイッターの内容をまとめていただいたものがありますので、ぜひご一読いただければと思います。特に、シンポジウムの最初になされた浜通り法律事務所の渡辺先生と松本先生(なお松本先生は、初代紋別公設事務所所長でありました)による「司法過疎問題、弁護士過疎地における原発震災」という題の講演は、今後日本が震災から復興する上で地方における司法をより使い勝手の良いものにすることが必要不可欠であることを強く認識させられるものでした。
私はこのシンポジウムにて名寄支部管内での現状とサハリンでの司法のIT化について報告させていただきましたが、その内容についてはまた改めて書かせていただこうと思います。
これまで私が担当した刑事事件の国選弁護において、自動車運転過失致死傷罪で起訴された交通事故の加害者の弁護を行うことは少なくありませんでした。そして交通事故を実際に起こしてしまった被告人の弁護の関係で大きく問題になるのが、被害者への損害賠償の問題です。この場合、被告人が対人無制限の任意保険に入っている場合には、被害者への損害賠償について任意保険により行われることになりますが、問題は任意保険に入っていない場合です。
任意保険に入っておらず、自賠責保険にしか入っていない場合、自賠責保険によって支払いがなされる金額については制限があります。たとえば傷害による損害については最高額120万円までしか自賠責保険からの支払いはなされませんし、死亡による損害についても、慰謝料等も含め最高額3000万円までしか支払いはなされません。交通事故による損害額が自賠責保険の限度額を大きく超えることはよくあることで、その場合被害者に対する賠償が非常に困難となります。また、自賠責保険にすら入っていない場合には、全て自費によって損害賠償を行わなければなりません(なお、後記の自動車損害賠償保障事業による支払いが被害者になされた場合、政府が加害者に支払額の求償を行います)。
被害者の方が亡くなられた場合は特にそうですが、損害賠償がなされない場合被害者の方あるいは遺族の方の処罰感情はより厳しいものになるのは当然のことです。自動車運転過失致死傷罪では刑事裁判に被害者の参加が認められており、被害者参加人は一定の要件の下で情状証人や被告人に質問したり,事実又は法律の適用について意見を述べたりすることができます。被害者参加制度の中で述べられた被害者参加人の意見が直接刑事裁判の証拠としてもちいられるわけではありませんが、損害賠償がなされないことおよび被害者あるいはその遺族の処罰感情が苛烈であることは当然のことながら量刑に反映します。自動車運転過失致死傷罪の法定刑は7年以下の懲役・禁固または100万円以下の罰金とされていますが、損害賠償がない場合では初犯であっても実刑判決がなされることは十分あり得ます。交通事故は一瞬の不注意で生じるものであり、普段安全運転を心掛けているという方でも交通事故を起こしてしまう可能性はあります。万一の場合に備えて、自賠責保険は当然ですが、任意保険にも必ず入るようにしてください。
また、自分が全く落ち度がない場合でも、相手方の不注意により交通事故の被害者になってしまうこともあり得ます。相手方が保険に入っていればよいですが、そうではないケースがあることも考えておく必要があります。仮に加害者が全くの無保険車に乗っていたとしても、政府の自動車損害賠償保障事業により損害金の支払を受けることはできます(自賠法71条以下)。ただし、上記自賠責保険と同様金額の制限がありますので、完全な賠償をうけることができないことは十分ありえます。もっともその場合でも、自分が加入している任意保険契約中に無保険車傷害保険が含まれていれば賠償を受けられる場合がありますので、あらかじめ自分が加入している任意保険の内容を再確認することをお勧めいたします。
私が名寄において仕事を初めてからそろそろ2年が経過しようとしておりますが、その間一番多く相談を受けたり受任をする事件は債務整理事件です。消費者金融等高金利の会社など複数の業者から借り入れを行った結果支払いが困難になった方から数多く相談を受けてきました。相談後受任をし、依頼者の代理人として各業者と和解を行ったり(任意整理)、破産や個人民事再生手続の申立をするなどしています。
名寄において目立つようになったのは、かつて他の実務家(弁護士・司法書士)に過払金返還請求の依頼を行い、実際に回収を行ってもらったものの、その後他の業者からの借金が支払いきれなくなった、という相談者です。
過払い金の回収については近時テレビ・ラジオ等でも宣伝するようになったのでご存知の方も多いかと思いますが、貸金業者が法律上(利息制限法)認められる利息を超えた利息で長期間貸し付けを行っていた時には、業者が逆に顧客に返還しなければならないお金(過払い金)が発生することがあります。この過払い金をきちんと回収することも債務整理ではとても重要なことです。しかし複数の業者との取引をしている場合、過払い金が発生しているばかりではなく、取引期間の短い業者などとの間では借金が残っていることはよくあります。この残債務がある業者との間でも、収入から支払える限度の分割支払の和解を行ったり、過払金を原資として一括支払いの和解を行うなどして、少しでも依頼者の経済的負担を少なくするというのが一般的な債務整理のやり方です。
ところが前記した相談者の方の場合、そもそも残債がある業者との間では実務家が受任しておらず、相談者の方が同じ条件で支払いを続けていました。そのまま支払いができていれば問題もなかったのかもしれませんが、もともと経済的苦境から多重債務に陥っていたのですから、今までと同じ条件では支払いを続けること自体が難しいということはあると思います。
また、私が名寄に来る前の相談者の方には、過払金が発生した当時においてその他の借金についても分割等の適切な和解をしていれば支払ができた可能性があったものの,残債のある業者についても受任した弁護士による和解がなされておらず、その後支払不能に陥ってしまい,結果破産を選択した方もいました。
日本弁護士連合会では、2011年2月に「債務整理事件処理の規律を定める規程」を定め、弁護士が債務整理を受任するにあたりルールを定めています。債務整理を行う一部の弁護士に不適切な業務を行う者がいることより、それを是正することを目的としたものです。このルールの中には、過払金返還請求の受任において弁護士が負うべき義務が次のように定められています。(日弁連のホームページに原文がPDFであります)。
「 弁護士は、債務者から過払金返還請求事件の依頼を受けるに当たっては、当該債務者が負担している他の債務の有無、内容及び件数を確認し、当該債務者が負担するすべての債務に関する事項を把握するように努める。債務者から過払金返還請求事件の依頼を受けて事件処理を行っている間に、当該債務者が他の債務を負担していると思料される事情があることを知ったときも、同様とする。」(規定8条1項)
「弁護士は、債務者が負担している他の債務があることを知りながら、当該他の債務についての債務整理事件の依頼を受けずに過払金返還請求事件のみの依頼を受けてはならない。ただし、弁護士が当該他の債務について債務整理を行わない場合に生じる可能性のある不利益について説明し、その説明を受けても当該債務者が当該他の債務についての債務整理事件を依頼することを希望せず、かつ、その理由が不当な目的に基づくものではないと認められるときは、この限りでない。」(規定8条2項)
すなわち、弁護士は過払金返還請求のつまみ食い(ほかに借金があるのに過払金だけを取り返して借金を整理しないこと)の依頼には原則として応じられないということです。前記のとおり、借金は全体として解決しなければ、その後残った借金が支払いできなくなり、債権者から裁判を起こされたり、給料・財産を差し押さえられるなど取り返しのつかないことも起こりうるからです。
上記のとおり、弁護士は過払金がある借金以外についても原則として依頼を受けるというルールがありますので、弁護士に相談する際にはすべての借金についてお話しした上、過払い金以外の借金についてどうするか説明を求めて頂きたいと思います。その上で、その弁護士に依頼するかしないかを決めることをお勧めいたします。
皆様。明けましておめでとうございます。
ブログ更新をサボっていたため,今頃になってのご挨拶で申し訳ありません。
本年もよろしくお願いいたします。
さて新年の初投稿は,最近話題になっている学校での体罰に関して。
これを法律家の視点から取り上げてみようと思います。
ところで皆さん,授業中騒ぎを起こして周りに迷惑を掛ける,部活で常習的に遅刻をする,といった生徒が居た場合,教師が「廊下に立っていなさい!」とか,「グラウンド10周!」とか指導していたという記憶がありませんか?「ドラえもん」当たりだとのび太君がよく先生に言われているあれです。
実は学校教育法11条には「校長及び教員は教育上必要があると認めるときは・・懲戒を加えることが出来る。」と定められており,上記の処分は広い意味でその一環としてなされるものなのです。素行不良な生徒がいても,それを指導できないようでは,学校としての意味がありませんので,当然の規程でしょう。
しかし学校教育法11条には,「但し体罰を加えることはできない」という但し書きがありますので,教育上必要であったとしても体罰を加えることは出来ない,というのが学校教育法の原則となります。
ただ上記した「廊下に立っていなさい!」も「グラウンド10周!」も,生徒に懲罰として身体的な負担を掛けるのですから,広い意味で言えば体罰,といえなくはないかも知れません。例えば「廊下に立っていなさい」も「1日中,トイレに行きたくなっても立っていなさい!」なら立派な体罰です。
逆に「授業が終わるまで立っていなさい!」という程度で体罰,とされたのでは十分な指導も出来ないでしょう。
結局これらを一義的に決めることも現実的には不可能だと思います。
この点東京高裁昭和56年4月1日判決は,前記した学校教育法が禁止する「体罰」を,
「懲戒権の行使として相当と認められる範囲を超えて有形力を行使して生徒の身体を侵害し,あるいは生徒に対して肉体的苦痛を与えること」とした上で,「教育基本法,学校教育法・・に伺える教育原理と教育方針を念頭に置き,更に生徒の年齢,性別,性格,生育過程,身体的状況,非行の内容,懲戒の趣旨,有形力行使の態様と程度,教育的効果,身体的侵害の大小・結果等を総合して社会通念に乗っ取り,結局は各事例ごとに相当の有無を具体的個別的に判定するほかないものと言わざるを得ない」
としています。
難しい表現を使っていますが,要は一般常識に従って,その状況によって判断しましょう,ということです。裁判所も結局事例に応じて,としか言いようがなかったようです。
では今回の桜宮高校の事件のように部活での体罰だったらどうでしょうか。
この点一般論として高校生である程度の判断能力があることや,所詮部活で離脱の自由があること,そう言う教育方針であることを承知の上入部したという事は考慮できるかと思います。
ただ学校教育法が体罰を禁止している以上,いわゆる鉄拳制裁的な体罰を部活の懲戒権として行使した場合,違法の可能性が高いでしょう。またこれが部員の協調性を害する,ということであれば別ですが,部の成績が上がらない,という趣旨の場合は違法の疑いが高いと思います。
桜宮高校の件は,自分は事件当事者ではありませんし,情報もマスコミを通じてはいる程度しかありませんので,どうこう言える立場にはありません。ただ部活で指導をする際,もしくは指導をされる際の参考にしていただけると幸いです。
2月9日に行われた日本裁判官ネットワークが主催するシンポジウム「地域司法とIT裁判所」の中で、私はサハリンの司法のIT化について発表させていただきました。
北海道弁護士会連合会は20年前よりサハリン州弁護士会の弁護士と交流があり、2年に1回は北海道の弁護士がサハリン州を訪問しています。私も過去3回訪問させていただいておりますが、3回目の訪問時(2011年)でサハリンの裁判所の訪問を行った際、IT化の面では日本が大きく遅れをとっていると感じざるを得ませんでした。私がサハリンの方が進んでいると思った点は次の通りです。
1 情報キオスク
サハリンの裁判所では、裁判所のロビーや法廷の外にタッチパネル式の掲示板(情報キオスク)が設置されており、事件毎に法廷の場所・当事者・代理人名が表示されますので、それでどの法廷でどのような事件の裁判がなされているか検索することが可能です。また、2010年より、係属中の事件につき全てインターネットで検索可能ともなっています。日本では、裁判所内では法廷の外に張り紙を貼ったり、受付で事件の案内等を行うにとどまり、ITの利用はなされていません。
2 テレビ電話会議システム
サハリンの裁判所では、法廷内に他の裁判所内の法廷を映し出すモニターが設置されており、「同時裁判」が可能となっています。同時裁判とは、たとえば本来ハバロフスクの高等裁判所で行うべき裁判をサハリンの地方裁判所で別の裁判官が同時に法廷にでること及び当事者がサハリンの法廷にいる形で行うことを条件にしてできる、というものです。遠方の裁判所にはいけないという場合でも近くの裁判所にいく形で裁判を行うことができます。日本では、テレビ電話会議システムは一部裁判所(本庁及び規模の大きい支部)におかれているにとどまり、利用できるのも民事訴訟の証人尋問等限られた場合でしかありません。
3 全判決のインターネット公開
サハリンの裁判所では、2008年以降言い渡しのあった判決については全てインターネットで公開が義務づけられております。事件の内容・裁判官名で判例検索可能です(ただし利用にあたっては登録が必要となります)。日本では、最高裁のサイト等で限定的にインターネットで公開されているにすぎず、裁判官ですら公刊物に掲載されている判例や訴訟当事者から提出のあった裁判例以外の判決の内容を知ることは困難なのが現状です。
4 主張書面等の電子メールによる提出
サハリンの裁判所では、訴状・主張書面等について電子メールで提出可能となっています。日本では、書面提出に電子メールを使うことは認められておらず、持参、郵送あるいはファックスの利用による提出を行うことしかできません。
なおサハリンでは弁護士の側もITを活用しており、裁判所に書面を電子メールで提出するのはもちろんのこと、判例や法律については書籍ではなくインターネット上のデータベースで検索を行って調べていました(法律が改正が多く、書籍では追いつかないためデータベースを利用しているとのことでした)。どの事務所もペーパーレスが徹底されており、紙の事件記録や書籍に囲まれた日本の法律事務所とはかなりの違いがあります。
サハリンの司法がここまでIT化が進んだのはここ数年のことのようですが、IT化の結果司法の使い勝手は非常に向上していました。日本もIT化を進めない理由は無いと思いますので、司法の使い勝手を良くするため他国に学ぶべきだと思います。特にテレビ電話会議システムを充実させることにより、遠隔地故裁判所を利用できないという地方の悩みは大きく軽減されるはずです。